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大分地方裁判所中津支部 昭和49年(ワ)20号 判決 1976年7月30日

原告

吉崎百合子

ほか二名

被告

千鳥桂子

主文

被告は原告らに対し各金五二万六、五四六円およびこれに対する昭和四九年三月二九日以降右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告らの求める裁判)

被告は原告らに対し各金二四七万一、四九三円およびこれに対する昭和四九年三月二九日以降右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告の求める裁判)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二主張

(請求原因)

一  本件事故の発生

昭和四七年一二月二五日午前七時五分ごろ、被告は軽四乗用自動車(以下「本件自動車」という)を運転して中津市大字下永添三九六の一番地先道路を大幡方面から万田方面に向い時速約六〇キロメートルで進行中、折から右道路を万田方面から大幡方面へ乳母車を押して歩行中の亡馬場ヨ子(以下「亡ヨ子」という)の乳母車の前部に自車前部を衝突させ、同人に対し右大腿骨々折、左前膊骨開放性骨折の傷害を与えた。

二  被告の責任

被告は本件自動車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により亡ヨ子の蒙つた全損害を賠償する義務がある。

三  損害

(一) 治療費 二一〇万五、九六〇円

本件事故により亡ヨ子は昭和四七年一二月二五日から昭和四八年一二月一六日まで三五七日間高崎病院に入院し、同年一二月一七日から昭和四九年三月二九日に死亡するまで一〇三日間廣橋病院に入院し、治療費として高崎病院に一四七万四、四二〇円、廣橋病院に六三万一、五四〇円支払つた。

(二) 付添看護料 一〇八万七、一七〇円

右入院期間は病状からみて付添が必要であつたので、職業付添婦および近親者が交替で付添い、付添婦に九一万九、一七〇円支払つた。また近親者は入院二一日間、通院一二六日間付添つたが、入院付添費を一日二、〇〇〇円、通院付添費を一日一、〇〇〇円と認めるのが相当であるから、近親者の付添費は一六万八、〇〇〇円となる。

(三) 入院諸雑費 一三万八、〇〇〇円

本件事故により亡ヨ子は四六〇日間入院したから、入院諸雑費を一日三〇〇円としてその四六〇日分

(四) マツサージ料 五万六、〇〇〇円

(五) 交通費 九万一、八〇〇円

(六) 慰藉料 六〇〇万円

亡ヨ子は本件事故により多大な苦痛を受けたばかりか両下肢の用を全廃し、寝たままで一年三カ月余苦しみながら死亡したものであつて、かかる精神的苦痛を金銭で慰藉するには六〇〇万円必要である。

(七) 弁護士費用 四〇万円

被告は任意の履行をなさないので、亡ヨ子は本件訴訟を弁護士に委任し、手数料として二〇万円支払い、成功報酬として二〇万円支払う約束をした。

四  損害の填補

亡ヨ子は被告に対し合計金九八七万八、九三〇円の損害賠償請求権を有するところ、自賠責保険から合計二四六万四、四五〇円を受領したので、右損害額から控除する。

五  原告らの相続

亡ヨ子は昭和四九年三月二九日死亡し、原告らが各三分の一亡ヨ子の損害賠償請求権を相続した。

六  よつて被告は原告らに対し各金二四七万一、四九三円およびこれに対する不法行為後の昭和四九年三月二九日以降右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(被告の答弁および抗弁)

一  請求原因第一項、同第二項記載の事実は認める。

二  同第三項(一)記載のうち、亡ヨ子が原告ら主張の期間入院していたことは認める。亡ヨ子は子宮癌で死亡したのであり、死亡と本件事故との間には相当因果関係がない。また亡ヨ子は昭和四八年三月ごろ子宮癌を発病したのであり、高崎病院での治療についても本件事故外の治療がなされている。また廣橋病院での治療も子宮からの出血後亡ヨ子は全身衰弱を生じ、右衰弱およびこれにより併発した感染症の治療が主としてなされたのであり、いずれにしても亡ヨ子の入院治療は本件事故だけが原因となつているものではない。

三  同第三項(二)記載の事実は争う。

付添看護料九一万九、一七〇円は被告が支払つたのであり、廣橋病院では完全看護のため付添の必要がなかつた。

四  同第三項(三)ないし(七)記載の事実は争う。

原告らは慰藉料として六〇〇万円請求しているが、亡ヨ子は子宮癌で死亡したものであつて、死亡と本件事故との間には相当因果関係がない。また仮に因果関係があるとしても、亡ヨ子は本件事故当時八六歳の老人であつて、一家の支柱でもないから、原告らの請求は高額にすぎる。

五  同第四項、第五項記載の事実は認める。

(被告の抗弁)

一  高崎病院の治療費のうち七九万六、七三〇円、廣橋病院の治療費五九万四、六六〇円は国民健康保険から支払ずみであるからこれを損害額から控除すべきである。

二  本件事故現場は幅員約五・四メートルの歩車道の区別のある県道であるのに、亡ヨ子は歩道を通らず、車道の中央を歩行してきたものであつて、亡ヨ子には右の如き過失があるから損害額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

(抗弁に対する原告らの答弁)

一 抗弁第一項記載の事実のうち、原告ら主張の治療費が国民健康保険から支払われたことは認める。

二 同第二項記載の事実は争う。本件事故は、被告が前方注視義務を怠り、運転中に車内フロントガラス部の飾りつけの場所を移動したため、その方に注意がいき、反対方向から乳母車を押して歩行してくる亡ヨ子に全く気付かず、本件事故を惹起したものであつて、被告の一方的な過失に基づくものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生、責任原因

請求原因第一項、同第二項記載の事実は当事者間に争いがない。よつて被告は運行供用者として自賠法三条により、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

二  事故の態様

成立に争いのない甲第一、第二号証、同第四ないし第八号証並びに前記争いのない事実によれば、本件事故現場は万田から四日市に通じる幅員五・六メートルの県道であつて、道路中央にはセンターラインの表示があること、本件道路は歩車道の区別があり道路西南側に幅員〇・七五メートルの歩道が設置されていること、本件道路は平坦でアスフアルトで舗装してあり、東方、西方とも二〇〇メートルまで見通しが容易であり、交通量が少ないこと、本件事故当日亡ヨ子は自宅を出て、娘の吉崎百合子方に行くべく乳母車を押して本件道路右側(被告の進行方向からみて左側)の車道部分を万田方面から大幡方面へ歩行していたところ、本件自動車が対向してくるのを認めたので、立ち止つて車が通過するのを待つていたこと、被告は本件自動車を運転して時速六〇キロメートルで大幡方面から万田方面に進行していたが、フロントガラス右上部に取り付けてある人形の位置を移動しようと考え、前方、対向方向の車両の有無を確かめたが、車両がなかつたので、人形のつけかえに注意を奪われ、前方を全く注視しないで同一速度で本件道路の中央付近を歩行し、取りつけを終つたので左車線に入るべく前方を注視しないままハンドルを左に切つたところ、本件自動車の前部が亡ヨ子の乳母車の前部に衝突したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、亡ヨ子が歩道を通らず車道の中央部付近を歩行していたから亡ヨ子にも過失がある旨主張するが、亡ヨ子が車道を歩行していたことは当事者間に争いがないが、車道の中央部付近を歩行していたと認めるに足りる証拠はなく、仮に中央部付近を歩行していたとしても、前記認定の事実よりすれば、本件事故現場は見通しもよく本件事故当時対向車もなかつたのであるから、被告が前方注視を怠らなければ、容易に亡ヨ子を発見できたはずであり、対向車線に入るなどして本件事故発生を容易に回避できたというべく、従つて、本件事故の発生は被告の一方的過失によるものであつて、亡ヨ子にはいわゆる過失相殺に供すべき過失は認められない。従つて被告の過失相殺の抗弁は採用しない。

三  亡ヨ子の傷害

本件事故により亡ヨ子が昭和四七年一二月二五日から同四八年一二月一六日まで高崎病院に、同月一七日から同四九年三月二九日まで廣橋病院に入院したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第三号証、同第一九、第二〇号証、同第三三号証、同第五三号証の四ないし一四、同第五四号証の一ないし四、証人宮野辰彦の証言により成立の認められる甲第一八号証、証人宮野辰彦、同今田義郎、同廣橋玄理の各証言、原告吉崎百合子の本人尋問の結果並びに前記争いのない事実によれば次の事実が認められる。

(一)  亡ヨ子は本件事故当時満八五歳であつたが、身体は健康で乳母車を杖がわりにしていたとはいうものの、背骨も曲がつておらず、歩行困難の状態にはなかつたこと。

(二)  本件事故により亡ヨ子は頭顔面挫創、脳震盪症、左前膊骨開放性骨折、左小指第一指骨々折、大腿骨々折、下腿挫創、四肢擦過傷、腰部挫傷背髄損傷(尿失禁)の傷害を受け、昭和四七年一二月二五日高崎病院に入院したこと。

(三)  入院当初は意識不明で、多発性損傷および高齢のため生命危篤の状態が約一週間続いたが、漸次体力が回復したので、傷口の縫合、骨折部の手術がなされ、骨折は治癒したが、右股、膝、関節強迫、腰大腿筋縮機能低下のため歩行障碍が残り、これと背髄損傷による膀胱直腸障碍は治癒しないまま症状固定となり、昭和四八年一二月一六日亡ヨ子は同病院を退院したこと。

(四)  亡ヨ子は入院後言語低下をきたし、種創併発等の老衰化傾向を示し、昭和四八年一月には褥創、同年三月には躯幹湿疹同年四月には脳軟化症と診断され、同病院において外科的治療と併わせて右治療がなされたこと。

(五)  同年一二月一七日廣橋病院に入院し、そこで脳軟化症等についての治療がなされたが、昭和四九年一月一二日に性器出血がみられ、子宮癌と診断されたが、亡ヨ子の全身状態悪化のためこれについての治療はなされなかつたこと。

(六)  同年二月ごろから亡ヨ子は全身衰弱が著しく悪化し、感染症を併発するに至つたので、全身の輸液、感染症、心臓衰弱に対する治療が行われたが、同年三月二九日亡ヨ子は子宮癌で死亡するに至つたこと。

(七)  脳軟化症については本件事故によるものか、老衰(老人性の脳組織の変化)によるものか不明であるが、医学的にみて骨折により骨髄の脂肪が血行中に入り脳に障碍を起こす場合や、骨折により老衰、痴呆を早めることが充分考えられること。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、亡ヨ子は本件事故による骨折、病臥が契機となつて脳軟化症を併発し、これと膀胱直腸障碍(尿失禁)褥創等があいまつて全身衰弱をきたしたものと推認できるのであるから、右症状と本件事故との間に相当因果関係を認めるのが相当である。しかし脳軟化症、全身衰弱については亡ヨ子の年齢から早晩発現する可能性も充分考えられるのであり、本件事故が契機となつて発生したとしかいえないのであるから、右傷害のため生じた全損害を本件事故による損害とするべきではなく、傷害に対する双方の寄与の程度を勘案して本件事故の寄与する限度において相当因果関係あるとして加害者側に損害賠償させることが公平の原則からみて妥当である。しかして前記認定の本件事故による傷害、治療の経過等に徴すると、高崎病院退院時(昭和四八年一二月一六日)までの損害については全部、それ以降の損害については五割の限度において相当因果関係を認め、被告に損害を賠償させることが相当と考えられる。

四  損害

(一)  治療費 七〇万一、三七〇円

成立に争いのない甲第二〇、第二一号証によれば、亡ヨ子の治療費として高崎病院に一四七万四、四二〇円、廣橋病院に六三万一、五四〇円支払われたこと、右治療費のうち国民健康保険から高崎病院に七九万二、五四〇円、廣橋病院に五九万二、五六〇円それぞれ給付されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、国民健康保険法第六四条によれば、給付事由が第三者の加害によつて生じた場合に保険給付を行つた場合にはその給付価額の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得するから、被保険者は右給付を受けた限度において第三者に対して損害賠償請求権を有しないというべく、従つて右保険給付額を亡ヨ子の損害から控除するのが相当である。また前記認定のとおり高崎病院退院後の損害については五割の限度で相当因果関係が認められるから、治療費は高崎病院六八万一、八八〇円、廣橋病院一万九、四九〇円、合計七〇万一、三七〇円となる。

(二)  付添看護料 九一万九、一七〇円

成立に争いのない甲第四〇号証の二、同第四一号証の一、二、同第四二号証の一ないし四二、証人今田義郎、同馬場登美子の各証言、原告吉崎百合子の本人尋問の結果によれば、亡ヨ子は高崎病院入院期間三五七日はその病状からみて付添が必要であつたので職業付添婦が付添つたが、その他に近親者が交替で付添つたこと、廣橋病院においては完全看護であつたが、近親者が交替で付添つたこと、職業付添婦に対し付添費として九一万九、一七〇円支払つたことが認められる。

しかしながら、本件全証拠によるも、高崎病院について二人の付添人を、廣橋病院について別に付添人を置く必要があつたとは認められないから、付添費は右付添婦に支払つた九一万九、一七〇円となる。

(三)  入院諸雑費 一二万二、五五〇円

亡ヨ子は前記のとおり高崎病院に三五七日間、廣橋病院に一〇三日間入院したが、廣橋病院分についてはその五割の限度で相当因果関係が認められるのであり、また日常品購入費等として一日少くとも三〇〇円必要であることが認められるから、入院諸雑費は一二万二、五五〇円{300×(357+103/2)}となる。

(四)  マツサージ料 九万一、〇〇〇円

成立に争いのない甲第四四号証の一ないし六、原告吉崎百合子の本人尋問の結果により成立の認められる甲第四八号証の一ないし一〇、証人宮野辰彦の証言によれば、亡ヨ子は医師の指示によりマツサージ治療を昭和四八年三月二二日から同年一一月末まで合計一四〇回に亘つて受け、マツサージ料として合計九万一、〇〇〇円支払つたことが認められる。

(五)  交通費 一万円

原告吉崎百合子の本人尋問の結果により成立の認められる甲第五八号証、同尋問の結果によれば、亡ヨ子が高崎病院から廣橋病院に転院するのにタクシーを利用し、タクシー料金として一万円支払つたことが認められる。原告らは亡ヨ子の見舞のための交通費を請求しているが、右を本件事故の損害とする相当性は認められない。

(六)  慰藉料 二〇〇万円

亡ヨ子は前記認定のとおり子宮癌で死亡したものであつて、亡ヨ子の死亡と本件事故との間には相当因果関係は認められない。しかしながら、亡ヨ子は本件事故により入院一年以上を要する重傷を負い、歩行障碍、膀胱直腸障碍の後遺症を受けたものであり、亡ヨ子の年齢その他諸般の事情を勘案すれば、亡ヨ子の慰藉料として二〇〇万円認めるのが相当である。

五  損害の填補

亡ヨ子が本件事故により自賠責保険から二四六万四、四五〇円受領したことを原告らは自認しているのでこれを右損害額より控除すると損害額は一三七万九、六四〇円となる。

六  弁護士費用

成立に争いのない甲第五二号証によれば、被告は任意の履行をなさないので、亡ヨ子は本件訴訟を弁護士に依頼し、着手金として二〇万円支払い、謝金として二〇万円支払うことを約束したことが認められる。しかし本件事件の難易、前記認容額等諸般の事情を考慮すると、弁護士費用として二〇万円を被告に負担させるのが相当である。

七  原告らの相続

亡ヨ子が原告ら主張のころ死亡し、原告らが各三分の一相続したことは当事者間に争いがないので、原告らの損害額は各五二万六、五四六円(円以下切捨)となる。

八  結論

以上説示のとおり、被告は原告らに対し各金五二万六、五四六円およびこれに対する不法行為後であることの明らかな昭和四九年三月二九日以降右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度で正当であり、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 将積良子)

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